R58 バンド 岡山 野澤収

野澤 收

a.k.a.揖斐是方 作詞・作曲・ヴォーカル・パーカッション担当。曙嬰介(73-97)飯田吉田(98-13)等の別名を使用し、73年以来現在まで共作も含めると1500曲以上のオリジナルを録音したオープンリール、カセット、レコード、CD,CDR、計89作品を製作。88年から14年まではロック評論家として各誌に寄稿、ライナー執筆、CDプロデュース、映画字幕監修などの活動。著書は「ザ・ドアーズ 永遠の輪廻」(音楽之友社・刊)

下のボタンは 2012年収録「レコードコレクター紳士録」の動画です


Words of Songs

●『出来心の唄』(a.k.a. PP)    作詞 揖斐是方   作曲 妹尾康正 揖斐是方 (2019)



うぉどりゃあどこのモンならぁ と凄まれても困る

胸の奥に出来心 閃いただけ


うわぁれぇドツキ回すぞこらぁ と怒られても困る

腹の底の出来心 浮かんできただけ


あたくしどもが思い遣る相手に

外人は入れようか 入れないでおこうか


心無い人だろうと 出来心は抱き

心ある人も抱こう 時には出来心


出来心 出来心 出来心・・・・・

出来心 出来心 出来心・・・・・

*ーoption verseー

Dance, dance, dance, dance,dance with Pelvis.......





●『冥界の海』 作詞 曙 嬰介 (1995)    作曲 揖斐 是方 (2017)



天皇陛下萬歳と             声を遺して暁の

出撃に振った旭日旗        遠い機影が滲み行く


空を仰いで故郷を想い     達者で生きろと妹へ

書いた手紙も血に濡れて   嗚呼慟哭のアッツ島


傷は浅いと抱き上げた      友の最期を見届けて

虚空を掴むその指に        止まる一羽の揚羽蝶


果て無く重なる屍は        白き波濤も朱に染め

夕陽に映ゆる地獄絵図     嗚呼血涙の硫黄島


眼にも眩しき珊瑚礁        陽光燦たる南国で

無念に瞑る英霊は           黙して語らぬ海遥か





●『不慮の生』 作詞・作曲 揖斐是方 補作詞 福井慶治 (2017)



どうすればよいのかと     思いつく前に

こんな有様なのは            不徳の致すところ

不慮の生を遂げて            歩かされるだけの

悔しさ噛み締め               仕方なく生きる

そこの若いの諦めな           明日はもう来ない 

君にあるのはスマホだけ     俯いて歩きな


そうすればよかったと   振り返ってみても

こんな結末なのは            不徳の致すところ

不慮の生を遂げて            生かされるだけの

空しさ噛み締め               何となく過ごす

そこの若いの残念だ           希望を持つんじゃない

君にあるのは時間だけ        けっして未来じゃない 

けっして未来じゃない        けっして未来じゃない






●『俺が居る』  作詞・作曲 曙 嬰介 (1985)
*『斬/ねっぱり一座』(1986) 所収



嘘と欲との渦の中 巷にゃ汚れた風が吹く

寄らば大樹と風を避け 隠れる臆病者の群れ

人の浮世のしがらみは 今宵限りの夜露とし

止ませてみせましょこの風を 俺が天下をしょって立つ


どちらさんかは存じませんが 泣こうが喚こうが知りゃしねえ

迷える衆を導ける 俺より尊い者は無し

燃える夕映え横顔に 主と仰がれる俺が居る


絶えて久しい人の道 この世にゃ汚ねぇ雨が降る

雨を降らせておきながら 濡れずに笑う奴も居る

人の浮世の荒波を 今宵一夜で蹴散らして

止ませて見せましょこの雨を 俺が正しき道を指す


どちらさんかは存じませんが 死のうと生きようと知りゃしねえ

混濁の世に天誅下す 俺より出来た者は無し

注ぐ月光浴びて立つ 時代を動かす俺が居る


どちらさんかは存じませんが 俺の関わる筋は無い

天が命じた世直しは 俺が居るだけで全て良し

眼下に横たう乱世を 遥か見下ろす俺が居る





●『知らんけど』 作詞・作曲 揖斐是方 (2017)



朝日が届く家ならば 主義者がいるぞ知らんけど

イマジン主義者のレノ二スト 寝言は寝て言え知らんけど

礼儀礼節弁えろ 外人に言うか知らんけど

母は胸父は背中で 子育てだとさ知らんけど


どうも有難う御座います いつもお世話になってます

宜しくお願い致します どういうつもりかしらんけど

嗚呼‥‥‥


クリエイターにアーティスト どいつもこいつも知らんけど

五星紅旗がはためくぞ ぼさっとしてると知らんけど

黙ってスマホを覗き込め サリン撒かれても知らんけど

死なない親が子供たちの 人生を奪う知らんけど


どうも有難う御座います いつもお世話になってます

宜しくお願い致します どういうつもりかしらんけど

嗚呼‥‥‥


ガイジンジャパンでチームを作れ ボンクラサッカー知らんけど

オンナコドモの国だから この有様よ知らんけど

三島のいない半世紀 何が文学だ知らんけど

性善説にしがみ付く 目出度い民族知らんけど


どうも有難う御座います いつもお世話になってます

宜しくお願い致します どういうつもりかしらんけど

嗚呼‥‥‥






●『唄わなかった唄』 作詞 揖斐是方 作曲 舞原義人 (2017)



人殺しは出来なかった 赤ンボも作らなかった

責任取りたくなかった 甘えるつもりもなかった

痴情は縺れず 大人の関係でもなく

酒にも呑まれず 恋に迷うこともなく


こんな歌詞は書いていないし 歌ったこともない

唄わなかった唄と 聴かれなかった唄

唄われていない唄だから 聴こえてこなかっただけ

貴方は何も聴いていない 私も唄いはしない


涙は流れなかった 笑顔も見せられなかった

優しさは求めなかった 自殺もしくじらなかった

愛もたいしたこはないし 命も大切じゃないし

雨は誰も止ませられず 思い出も何もなかった


こんな歌詞は書いていないし 歌ったこともない

唄わなかった唄と 聴かれなかった唄

唄われていない唄だから 聴こえてこなかっただけ

貴方は何も聴いていない 私も唄いはしない






●『くのいち肉奴隷』   作詞 曙 嬰介 (1994)    作曲 R58  (2018)



血の色湛える満月と 暗い呻きの猫二匹

夜露に光るアザミの花に 緑の蛇が絡みつく

白い裸身をわななかせ 己が運命を呪いつつ

絡め取られた縄地獄 いつしか甘い毒を待つ


哀れ被虐の黒い百合 闇に溺れて啜り啼く

哀れくのいち肉奴隷 今宵も濡れる座敷牢


蒼い炎も妖しげな 合わせ鏡の迷宮で

熱い雫に肌染めて 随喜にのたうつ女郎蜘蛛

囚われの身と知りながら 恨みも忘れた女性(にょしょう)の性よ

縛められたくのいちに もはや忍びの掟無し


哀れ被虐の黒い百合 闇に溺れて啜り啼く

哀れくのいち肉奴隷 今宵も濡れる座敷牢

●『法令線慕情』   作詞・作曲 揖斐是方     (2019)


男の年輪 女の年輪           共に刻もう法令線

そんじょそこらの小童風情に   刻めぬ人生の証 

嗚呼、法令線、赤線 青線 法令線

おまけも欲しいか 李礼仙

嗚呼、法令線、吉備線 三味線 法令線

齢を喰っててすいません





●『無鉄砲ブルース』 作詞・補作曲 揖斐 是方 (2017) 作曲 JBBC



ドモリ赤面アガリ症 すなわち対人恐怖症

そんな貴方に「ムテッポウ」 冴田の一本「ムテッポウ」

そんな貴方にぴったりな 冴田製薬「ムテッポウ」


気分爽快 漲るヤル気 眠気も吹っ飛び なんでもできる

「ヒロポン」ないなら「ムテッポウ」 冴田の一本「ムテッポウ」

うーーーーーーーーーー早い話がメタアンフェタミン


鉄砲持たずに引き籠り なんにも出来ずに泣き寝入り

言霊信じて思考も停止 イマジン主義者のオヒトヨシ

恒久平和の念仏唱え 命知らずで無鉄砲


絵に描いた餅の民主主義 腹を満たせる者は無し

雁首揃えて鳥頭 そんなもんだろうとりあえず

喋れないのに「話せばわかる」と 性善説の田舎モン


外人さんは言いました 議論もできない民族が

デモクラシーとは笑わせる 教えた方が馬鹿だった

所詮腑抜けの絶滅危惧種 無鉄砲にもホドがある

●『孤立ノススメ』 作詞・作曲 揖斐是方 (2018)



言葉は世界が崩れるように   仕掛けられた罠だから 

平和でまとまる筋合いもなく 

ただ孤立しよう ただ孤立しよう


誰もいないし明日も見えず     たった一人で立ち尽くす 

人はそれでも生きていけるから

ただ孤立しよう ただ孤立しよう


孤立し合い、差別し合い、互いを忘れ合おう

孤立し合い、差別し合い、他人に戻ろう


何を怖がる青少年よ     嘘で繋いだ手を離せ 

堪えられなければ死ぬのもいいさ

ただ孤立しよう ただ孤立しよう


所詮人間稼業など    借り物の脳に騙されて 

錯覚したまま終わるのだから

ただ孤立しよう ただ孤立しよう


孤立し合い、差別し合い、互いを忘れ合おう

孤立し合い、差別し合い、他人に戻ろう

●『何が何でもかぼちゃを作れ』  作詞・作曲 曙 嬰介 (1978)
*『明日までさよーなら/珍鈍屋』(1979) 所収



必勝食糧絶対確保 何が何でもかぼちゃを作れ 

かぼちゃ喰わずに生きらりょか かぼちゃ喰わずに戦はできぬ 


満州鉄道揺られつつ かぼちゃの煮つけを頬張れば 

遠いお国の味がした 日本帝国 どてかぼちゃ





●『群青のタンゴ』 作詞 揖斐是方 作曲 妹尾康正・揖斐是方 (2019)


売国の府に舞い降りて 胸に銃弾はぐれ鳥 

肉体言語の響きも哀し 季節はずれのつむじ風 

さらば群青 時代のピエロ さらば群青 銀河蒼茫 


溢れる血潮で日本と書いて 何を諫めた出遅れ右翼 

憂いの先は己か国か 死して誓いをたてた人 

さらば群青 時代のピエロ さらば群青 銀河蒼茫 


忘れ去られた国士の墓標 命捧げた徒労の漢 

死ぬほど愛したこの国の 秋に激しい雪が舞う 

さらば群青 時代のピエロ さらば群青 銀河蒼茫 






●『誰あんた』  ~レーワヴァージョン~ 作詞・作曲 揖斐 是方 (2019) 



ベレー帽被って誰あんた 歌の文句だ我慢しな 

俺もあんたも馬の骨 よしんば知り合ったとしても 

話すことなど何もない 実は互いに誰あんた 


写真撮るだけ誰あんた 歌の文句だ諦めな 

何を撮ろうと勝手だが 撮ったところでなんになる 

女子供の手慰み 実は互いに誰あんた 


燕尾服着て誰あんた 下々の声だ気にするな 

腹話術の人形にしては 眼が細すぎるし 

これからを任せるには なんだか頼りない誰あんた 


Heyyouwhat'syourname? 


覗き込んだ鏡に映る顔 ここはひとつ気持ち切り替え 

訊かずにいられない 誰あんた 


谷啓だったらアンタ誰? キース・ムーンならフー・アー・ユー? 

誰に会っても誰あんた 忘れる前に知りたくないね 

あんたの過去もあんたの今も 互いに語ろう誰あんた 


誰あんた‥‥誰あんた‥‥誰あんた‥‥誰あんた‥‥ 

Hey you, 誰あんた 






●『吉原幻視行』 作詞 飯田吉田 (2013) 作曲 KKTRR  


赤い夜 暗い影 引き摺る男たち

丸窓にネオンの灯 今宵も背に受けて

熱く滾る白浪に 打たれて啼く女郎

昔日の幻か 嗚呼、吉原幻視行


春の宵 残り火も 燻る地獄絵図

麗しの面影も 屍と消えて

逃げ水の向こう揺らめく 落日の街よ

古の遥かな声 嗚呼、吉原幻視行


追うも届かぬ夢の果て・・夢の果て・・夢の果て・・・・

帰らざる女よ 遠い日の華よ

ラララ ララララ・・・・


逃げ水の向こう揺らめく 落日の街よ

古の遥かな声 嗚呼、吉原幻視行





●『海の底まで沈めよ君は』 作詞 揖斐是方 作曲 植田晋也 揖斐是方 (2019)



鈍色の海鳴り 人の悪い海鳥 

ぎいよぎいよとほざいては 北の海で遊ぶ

棄てられている人ゴミ オウム返しでクラゲ狩り 

魂を売った十字路で 投網かければ日本晴れ


海の底まで沈めよ君は 眼無し骨無し脳無しで

流れに任せて漂うか 彷徨えオホーツクの涯


スピークジャパニーズオアダイ スピークジャパニーズオアダイ

ビコズアイトールジュービフォー スピーク、スピークジャパニーズオアダイ


海の底まで沈めよ君は 眼無し骨無し脳無しで

流れに任せて漂うか 彷徨えオホーツクの涯






●『ええやん』  作詞・作曲 飯田吉田 (2004)
*『努力してません/池尻貞代と少し、痒いけど…』(2005) 所収


ママの借金わいが被るわ そんなん泣かんで ええやん

部屋の鍵は預けてんか 心配せんでも ええやん

ええやんか、そんな気にせんと かまへんかまへんいつでもええで

口説き文句は甘い 甘いセクシーボイスで

ミナミの帰りに また寄るわ


マスターその後どうなったんや 苦労もたまには ええやん

この店抵当に入れてしもたか 落ち込まなくても ええやん

ええやんか、そんな気にせんと かまへんかまへん何とかなるで

愛の言葉も甘く 甘くセクシーボイスで

新世界に来た時 顔出すわ


ええやんええやんええやんええやんええやんええやんええやん

ええやんええやんええやんええやんええやん

巧い事言いのええ事しい





●『御長寿暴力団』 作詞・作曲 揖斐 是方 (2019)



いつのまにやらヒリ出され 我が物顔で生き続け

命ばかりにしがみ付く あれ浅ましや人の生


命を粗末にしすぎると あんなに惨めな国になり

命を大事にしすぎると こんなに無様な国になる


生きる暴力 死なない暴力 そんなに生きて何になる

明日の使い道は無い いわゆる御長寿暴力団


姥捨て山も許されず さっさと旅発てとも言えず

察して欲しいこの気持ち サヨナラを言えぬ僕達の


命を粗末にしすぎると あんなに惨めな国になり

命を大事にしすぎると こんなに無様な国になる


生きる暴力 死なない暴力 死ぬに死ねずに人命第一

神も仏も迎えに来ない 御存知御長寿暴力団





●『頼む槙枝』 作詞・作曲 揖斐 是方 (2018)



骨の髄から安木節 良いと思えぬ自分は誰だ

McCaなRingoやCashの方に 涙している自分は誰だ


頼む槙枝生き返れ あんたのせいで無国籍

おのれ槙枝生き返れ あんたがくたばるところを見たい


敏の爺が電柱に 貼ったチラシを忘らりょか

「槙枝に死の総括を」 そんな時代もあったのさ

時代遅れの左巻き 卑屈をも愛す平和主義

元文、あんたの撒いた種 ものの見事に花と咲き


だから槙枝生き返れ これで満足できるかな?

頼む槙枝生き返れ もう一度くたばりなおして見せろ





●『大の大人のバラード』 作詞 揖斐是方 作曲 舞原義人・揖斐是方 (2019)



義理にゃ強いが情けにゃ脆い そんな俺でも魔が差せば 

何をしでかす事やらと 思案重ねて眼鏡橋 


星の数ほど女を抱いて 星の数ほど泣かされた 

涙も枯れて振り返る 夜が冷たい時計台 


歪んだ浮世に重い棘 声を忍ばせ啼く背中 

男の弱さを見せてやる・・・・

大の大人のバラードじゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ


現も所詮は夢の中 死に続けるのも人の業 

ちゃちな己の来し方に 想いを馳せる東尋坊





●『涙の谷』 作詞 揖斐是方 作曲 坂本恵一(1992)  (2017)



悪に棹差す仇花は ‥‥四国恋しや渡り鳥 

‥‥‥あたしの何がいけないの? そんな女の流れ旅


私を誰だか御存知か  そんじょそこらの女じゃないわ

逃れ逃れて西東       倉本かおると申します

生きる為なら夜の蝶  悲しい事もありました

想い出すのは人の情  中村ゆき子と申します


どうせ追われる   女の運命   一人歩くの   涙の谷を


女リチャード・キンブルと   見知らぬ街も噂する

罪を背負って逃げるだけ     小野寺華世と申します

七つの顔で十四年             くぐり抜けたの修羅の門

逃げ切り笑ってみたかった   小野寺忍でございます


どうせ追われる   女の運命    一人歩くの   涙の谷を


地獄の涯でささやかな       幸せ掴んだこともある

所詮見果てぬ夢の夢          私の愛も逃げてゆく


どうせ追われる    女の運命   一人歩くの   涙の谷を

どうせ追われる    女の運命   一人歩くの   涙の谷を


捕まるわけにはいかないわ…危ない危ない……もう切るわよ‥‥





●『スコーク77』 作詞 揖斐是方 作曲 妹尾康正・揖斐是方 (2019)



傾く大地から    眼を背け 

私たちは笑い    酒を交わすのだ

迫る稜線        叶わぬ希望 

それでも歌うか「明日があるさ」と


ぶら下がるマスクに  眼もくれず 

私たちは酔って        CAの尻を揉む

ファイアービーム   オレンジエアー 

揺れて漂う            迷いの果てに


見えてきたのは        東海省

過去は消されても   笑顔で指日本 


ラララララ ララララ・・・





●『酒男』    作詞・作曲  揖斐 是方  (2017)



人でも刺したか包丁男 巧く当てたかピストル男

アニメが大好きガソリン男 車に目の無いあおり男

犯人はいつもざいこり男 本名を出せない三国男

儲かってるかギャンブル男 女がうるさい色男

ゲームが生き甲斐お宅男 エノケン懐かし洒落男

不発も止む無し爆弾男 嘘八百のマスコミ男

見たのか獣人雪男 メスカリン飲ませる虹男

休んでたまるか会社男 飲みたいだけの宴会男

木下明男が海男 雨を見飽きた雨男

電送失敗蠅男 御存知旗本退屈男

反戦平和のイマジン男 バックドアマンは間男

嫁は来ないぞ山男 なんにも喋れぬ日本男

お前らみんな酒男 お前らみんなほげたらだ

とぼけちゃいけねえ知ってるぜ ノタも逃げ出す酒男

照れてくだまけ酒男 逃げろ隠れろ酒男

何か悲しい酒男 健気に暴れろ酒男

酒に飲まれて酒男 血反吐吐くまで酒男

どいつもこいつも酒男 恥ずかしがり屋の酒男

酒と涙と酒男 飲んで飲まれて酒男

男と女と酒男 静かに眠るか酒男

いいぞ酒男 がんばれ酒男 甘えろ酒男

どうした酒男 負けるな酒男 それゆけ酒男

悶えろ酒男 恥じるな酒男 へべれけ酒男

飲め酒男 泣け酒男 吐け酒男 覚えてろ酒男

酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男酒男

ボトルの底に逃げ込んで人生をやりすごせ





●『偽唱』 作詞 揖斐 是方   作曲 植田 晋也・揖斐 是方   (2018)



付け火して煙吸い込む前科者 嘘をつくふりを重ねる田舎者

誠心誠意嘘をつき 騙されごっこで笑わされ

真実だけが私を欺く


赤だけ見えない色盲が笑う 白は危ないと怖がって怒る

嘘の中に宿る真実 騙されごっこで騙し合い

隣に詐欺師がいるのも気にせず


さあ、届けよ人々に、この唄よ

さあ、響けよ心に、この唄よ

私はそんなつもりでこの唄を 唄っているわけではないのだ


Il mundo la madre della mezzo quella venci

Il corto alla di maggio chiamio vunto

Perche  ti sei venuto bere  di loro mentato

La mia identita e un imbroglione  cantante


さあ、届けよ人々に、この唄よ

さあ、響けよ心に、この唄よ

私はそんなつもりでこの唄を 唄っているわけではないのだ


sha la la la la la la la la ………





●『握りっ屁兄弟』 作詞・作曲 飯田吉田 (2009)
*『おぎゃあ/池尻貞代と少し、痒いけど…』(2010) 所収



尻の谷間に一輪挿しの 真っ赤な薔薇が燃えている

こんな夜には兄貴と二人 嗅がせ合うのさ握りっ屁


うーうーううー握りっ屁 うーうーううー握りっ屁


譲二の唄が聴こえてくれば 兄貴のけっつも火照りだす

俺と兄貴の情けがかよい ひとつ嗅がそか握りっ屁


うーうーううー握りっ屁 うーうーううー握りっ屁


俺の屁を嗅げなんにも言うな 男と男の契りだぜ

薩摩隼人の心意気 確かめあうのさ握りっ屁


うーうーううー握りっ屁 うーうーううー握りっ屁





●『兄貴よ』 作詞 飯田吉田 (2013) 揖斐是方 (2017)    作曲 P.R.



疲れてんのか 先に寝るのか 

待てよ今夜は 言わせてもらいたいことがある

兄貴よ兄貴 俺はあんたのなんなんだ

言いたくないがこの際だ 俺の前から消えてくれ


飯喰ったのか 風呂入ったのか

今夜という今夜は ハッキリ言わせてもらおう

兄貴よ兄貴 俺の人生はどこにある?

言いたくないがこの際だ 嫁さん見つけて消えてくれ


あんたに嫁さんが 来ようと来るまいと

この俺の この俺の知ったことじゃない

兄貴よ兄貴 俺にはないのか俺の道

いい加減にしろ ふざけんな 哀れな弟を放っておいてくれ


兄貴よ兄貴よ兄貴よ兄貴よ 兄貴ったら兄貴

たった今死んでくれと言いかける俺をどうする

兄貴よ兄貴 俺はあんたの母親か

もうこれ以上俺に こんなブルース歌わせんなよ

兄貴よ





●『吉備路の女』 作詞・作曲 揖斐是方 (2019)



小糠雨降るここ吉備路 私を捜して貴方は惑う

溜息混じり私のキスに 貴方の想いはただ募る

ああ 愛を愛を愛を愛を 愛を唸るの 女だてらに唸るのよ

だって だって だって私は 吉備路の女


備後備中備前まで あてど切ない旅路の果てに

貴方涙の空回り 私はいないと誰か伝えて

ああ 嘘を嘘を嘘を嘘を 嘘を重ねて まるで私を責めるように

厭よ 厭よ 厭よ私は 吉備路の女


ああ 夢を夢を夢を夢を 夢を見つめて 私のラバさんヌートリア

そうよ そうよ そうよ私は 吉備路の女






●『しろくぬる』 作詞 飯田吉田 (2013)  補作詞 揖斐是方  作曲 舞原義人(2017)



白いキャンバス白くぬり 元の白さを消してみる

白い紙でも白くぬり さらに白い白紙に戻す

白の上ぬり 意味を消す 白ぬりで差別しようか

白の上ぬり 意味を消す 白ければ意味はなくなる


真夜中なのにサングラス…氷点下なのに武者震い…死刑の前なのに胃薬…

デジタル録音でレコード…黒人なのに日焼けサロン…赤旗なのに多数決…

敗戦するのに真珠湾…原爆なのにバケツリレー…停電してるのに消灯…

一緒にいるのにライン…アジア人なのにデモクラシー…
ギター巧いのにクラプトン…

死んでいるのに誕生日…工事現場でクセナキス…土砂降りなのに散水車…

泣いている人に玉葱…負けているのにオウンゴール…
被曝しているのにレントゲン…刑務所の中で再逮捕…
滅んでいながら平和憲法‥‥‥‥‥‥


何もかもしろくぬる なにもかもリセットし 

白い光と白い熱 白紙撤回で出直す

しろくぬることで僕らは なにもかも白紙に戻す

しろくぬることで僕らは 元の木阿弥に戻る

しろくぬることで僕らは シラケてもしろくぬりなおす

黒くぬられた赤いドアを 僕らはいま しろくぬる





●『人柱大作戦』 作詞・作曲 揖斐 是方 (2017)



もう諦めて諦めて慣れよう もう諦めて諦めて慣れよう

人生も国も諦めて 考えすぎずに死を待とう

貴方も私も人柱 世界の平和はあの世で祈る


諦めて諦めて慣れよう もう諦めて諦めて慣れよう

口も出せなきゃ手足も出せず 座して死を待つ一億なんぼ

慣れて忘れりゃなんとかなると その時が来たらその時だ


諦めて諦めて慣れよう もう諦めて諦めて慣れよう

人様の立場思い遣り 死ねば平和になるのなら

日本ごときが滅んでも 世界が丸く収まるのなら


諦めて諦めて慣れよう もう諦めて諦めて慣れよう

国より命が大事だが 外人怖くてなんにも言えず

戦うよりも滅ぼされ 平和を守って人柱になる

諦めて諦めて慣れよう もう諦めて諦めて慣れよう





●『赤色挽歌』   作詞・作曲    飯田吉田 (2011)

 =東日本大震災イメージ・ソング= 
 *『赤色挽歌/池尻貞代と少し、痒いけど…』(2012)  所収



黒い雨降る音がする 夏に冷たい風が吹く

雪に萎れた向日葵に浮かぶ 諸行無常の花の色

青い光を映し出す 都会のテレビが遣る瀬無し


子守唄かよシーベルト 来るなら来てみろ震度八

死なばもろとも赤の他人と 一蓮托生共倒れ

瞼閉じれば故郷で 赤貧洗う影ひとつ


修羅を呼び寄せ真っ赤な嘘で 固める悪漢赦すまじ

左翼(アカ)は危険を知らせる色と 忘れた衆愚の赤っ恥

もはや逃れの術も無く 命で贖う民哀し


心無き者、世迷言 大愚重ねて惨禍あり

嗚呼々 日輪も沈みゆき 落日の果ての白い旗

平成二十三年の 心も凍える春の宵

赤い宿痾もままよとて お涙頂戴さようなら





●『ガラパゴス奇譚』 ~イーロイ族の挽歌~   作詞 揖斐是方 作曲 R58   (2018)



生涯、一篇の詩も書かず、詩とは無縁の人生を送る人々のことを詩人と呼ぶ。

それをすっかり忘れた私は「朝日の届く家」を歌いながら冗談を重ねる。


802018年のガラパゴス列島に生きる、場面緘黙症を患う私達。

個人の運命とは常に、国家の運命の一部に過ぎないと申しますが、この島で暮らしていますとなかなかピンと来ないものでございます。


イーロイ族の私達が望むものは、世界の平和などではなく、家庭内の安寧だけなのだ。

イーロイ族の私達が望むものは、死んでも平和を守り抜いた民族として後世の人類から賞賛されることなのだ。

信康君、わかるよな?


変化と決定を求めるくらいならば、現状維持のままで没落する方を選ぶ私達。

デモクラシーを適用するには無口すぎて話にならない私達。

自宅の庭に不法侵入してきた泥棒を横目で見ながら、互いに気づかぬふりをして夫婦喧嘩を続けているような私達。

空気は吸う前に、読むべきものと信じている私達。

外国語は話せても、実は語るべき内実も主張すべき自我も持たない私達。

外人による理不尽な蛮行に対しても、ロクスッポ反論や抗議も出来ず、何となく有耶無耶にして結局泣き寝入りし、

いつのまにかケロッと忘れている私達。

生命以上に価値のある概念は存在しないと信じている私達。

しかし、年に一度だけ、そうでもないようなポーズをとる私達。

災いに備えることよりも、その時が来たらその時だと考えてノホホンとするのが好きな私達。

自分たちを狙う兵器の性能を嬉々として解説しながら、まさか本当に撃っては来ないだろうとタカをくくる私達。

先進国を自認しながら、放射能汚染水は古新聞でせき止めようとした私達。

すべてを決定し、責任を取り、自分達の代わりに考えてくれる独裁者を密かに待望している私達。

同調圧力の中でストレスを抱えて暮らすも、なぜか異常に長生きをする私達。

どんなに外人にいびられても、ただ黙々と畑を耕し、たった一度だけ顔を上げて一言、

「お天道様は見とるんじゃ」と呟く笠智衆のような私達。

政治家の説明責任よりも、貯まったティーポイントの失効期限の方が気になる私達。

相手の立場に立ちすぎ、思い遣りすぎ、自分の立場がなくなってもやむなしと飲み込む私達。

女房につけられた日本名「小野慎一」が歌ったアナキストのためのユートピア論を異常に愛する私達。

自縄自縛の文言を書き換える恐怖は、モーロック人に蹂躙され滅ぼされる恐怖よりもまさる私達。

言霊を信じるあまり、ネガティブな想像や議論を徹底的に避ける私達。

自分達の明日を考えるよりも、とりあえず明日のパンの方が大事な私達。

原発事故まで天災とみなし、誰の責任でもなく、仕方ないさと済ませる私達。

殺されかけている者を、無言のまま遠巻きに眺めるだけだった池袋駅ホームでの140人の私達。

迫りくる危険に対する想像力も持てず、一切の思考を停止してスローモーな歩みを進め、

何もわからぬまま瞬時に踏みつぶされることを宿命づけられた、高速道路を横断するカタツムリのような私達。

自分を殺しかけている相手にも、「あなたも根は悪い人じゃない」と声をかけずにいられない私達。

リチャード・ロイド・パリーに指摘されるまでもなく、何が起きようと主体的に変えることのできない魂を持つ私達。

2020年のケムール人も裸足で逃げだす、私たちの正体は80万年後の世界から来たイーロイ人。

半世紀前、このおっちゃんに文部省も日教組も教えてはくれなかった。

何も考えない癖をつけておかないと、将来この国ではやっていられなくなるぞと。

星型の黄色いシミに汚れ、青く変色しつつある日の丸を手に「仲良くすればいいじゃない」と響き渡るうつみみどりの声。


もはや、愛でも、友情でも、道義でも、人情でもなく、私達がたどり着いたキーワードは「保身」。

巨人の保身や保身のフラメンコでおなじみのあの保身。

私達が演じ続ける連続ドラマのタイトルは「ほしん」。

保身から一歩でも動いてたまるか。

保身の身、捨つるほどの粗国はありやなしや。

戦後七十有余年、ああ、一幕の茶番劇。


そして、最後の一行が、

ガラパゴス奇譚。








コラム 
野澤 收の「音楽は終わったが」

音楽は終わったが


第一回 『総括 2019』

 レコードで音楽を聴き始めて58年ほど経過し、2019年は音楽ソフトを335枚ほど入手しました。
「昨年の収穫」というほどの大げさなものではありませんが、個人的に心に響いた十枚をここで紹介したいと思います。と、いいながら実はこのうち、とうの昔から聴き馴染んできたものが大半を占め、単にフォーマット、メディア、仕様を変えた焼き直しに過ぎぬものがほとんどなのです。これも自分にとって音楽に対するエキサイティングな新発見や出会いがいかに乏しく、ほぼすべて、何を聴い
ても手の内が読めてしまう音楽ばかりであるかを意味する、まことに寂しい有様を示しているのです。

音楽ファン、音楽の作り手とは二種類に大別できるのではないでしょうか。
「目的」とする人と「手段」とする人。現下は圧倒的に前者が多数派でしょう。
前者はとにかく巧い、完成度高い、ソツもスキもない、音楽の精度向上こそ至上。わかりやすい説得力に満ちている。談志が言ったように、共感がない人にはテクニックで説得するしかないのです。リスナーにとってはウケやすいものでしょう。
後者は表現方法として音楽を選んだ方で、広く芸術表現の一環として「音」を扱っているタイプ。だから音楽的な素養に絶対性はなくてよろしい。特にうまくなくてよい、スキもあれば完成度もたいして問題ではなく、とにかくセンスで聴かせ、歌と演奏の向こうがわで、音楽じゃない何かを伝えようとしているタイプ。
乱暴な言い方をすれば前者が流行りの「理数系」、後者が時代遅れの「文学系」でしょうな。

聴くのも演るのも、子供の時分から後者一辺倒の私は、おのずとそういう立場でしか音楽を語れず、そしてその見地に立てば、音楽を手段とした人間の表現はもはや終焉を迎えて久しい。
したがって、「音楽は終わったが」という私見をコラムの題名としたわけです。



10位
「ザ・ソフト・パレード/ザ・ドアーズ」
1969年にリリースされた四作目。ベネズエラ盤のプロモーション用ダイカットカバーに入ったホワイトラベル見本盤の、南米人ならではの絶望的な扱いによるコンディション劣悪な一枚。内容については今まで拙著からライナーまで万言を費やしたので割愛しますけれど、この、「オリジナルジャケットにすら入っていないプロモ盤」というのが滑稽でした。無論、置針することなく収納棚に直行ね。
ちなみに19年は同作の50周年記念デラックスエディションもでたけれど、とりたてて何の論評も加えるを能わず。


9位
「STILL IN KANSAS/PIG NEWTON & THE WIZARD FROM KANSAS」
米カンザス州出身の五人組サイケデリック・バンド、69年の名高い名盤の、発掘されたアウトテイクアルバム。ロッカデリックのアナログ再発だからプレスは多くないはず。英サイケに比べ、米のそれは多種多様で一聴してサイケ感としてはピンとこないカントリーテイストのギターバンドみたいなのが膨大におります。ところが永くサイケを聴き続けると、これやカークのようなバンドの筆舌に表し難い浮遊感、まさにフローティングアシッドの境地の、かけがえのない面白味が体感できるのです。メジャーので例えるとQSMS系列のバンドなのですが、コーラスとギターたちの醸し出す妙味、「ハイ・フライング・バード」などをカンザスの大地に沈む雄大な夕陽を見ながら聴きたい。
なお、メンバーのなかにピッグ・ニュートンという人物はいません。架空のキャラクターをあたかもリーダーのような表記の仕方をして遊んでいるのは、私の40代のころにやっていたバンド、池尻貞代と少し、痒いけど・・・と同じです。どこかに実在するかもしれぬ「池尻貞代」さんを勝手にリーダーにしていました。同じことを、30年も早く、ウイザーズがやっていたのです。やられた。


8位
「ゴールデン・アルバム/ジェスロ・タル」
初期三枚のアルバムから選曲・編纂された日本ビクター名物の独自規格ベスト、当然未CD化。キーボードが入る前までのジェスロの良さは、ブルース・オリエンテッド・ジャズ・ロックみたいな路線といいますか、それ以降の圧倒的ブレイク時代にはないスリルが音楽に伴っていました。アンダーソンのフルートがバンド
のカラーを決定づけているのだけれど、他のプレーヤーのセンスや技量も実は大変なものです。初期のこのバンドの猛烈なパフォーマーぶり、例えば1970年のワイト島フェスティバルの映像をご覧ください。どこぞの、守勢に回った、かつてはハートについていたはずの灯も風前のそれと化した愚鈍なステージのバンド
とはまさに雲泥の差、あのライブでのアンダーソンほど、心身ともに完璧なほどオープンにして全身全霊で臨んだ素晴らしいパフォーマンスは他にしりません。このアルバムのジャケットはそのワイト島でのライブからのもののように見えるのですが。


7位
「アダモより愛をこめて/アダモ」
あまりのベタさと、ノスタルジアとで今や後期高齢者以外誰も知らなくなってしまったサルバトーレ・アダモが、本当はとんでもない才能のシンガー・ソングライターだと正確に認識している人は多くはないでしょう。
当然、「雪が降る」だけの人ではなく、多岐にわたる音楽性、歌詞のメッセージ性やストーリーテリングの巧さ、勿論歌唱上の表現力、20世紀欧州を代表する一人と断言していいでしょう。これはオリジナル全曲を日本のファンのために日本語で吹き込みなおした70年代のアルバムの激烈なる稀少CDバージョン。横溢する歌心、優しく、暖かく、しかし時には怜悧な、人間への眼差し。シャンソンというカテゴリーで括るのは反対せざるを得ないスケールを持ったシンガーです。かつてのわが国での人気は、数多くの日本公演が証明していました。

本来なら今月27日の神戸公演、最前列ド真ん中のチケットを持っていたが中止の痛恨、いつまでもどうかお元気で。もうわざわざ来日しなくてもいいですから。


6位
「LIVE AT GRADO,ITALY  7/10/2011/RAY MANZAREK AND ROBBIE KRIEGER OF THE DOORS」
近年は、へぼいデジタルオーディエンス録音のブートをわざわざアナログで少数ブートレッグ化するならわしが特にアルゼンチンや欧州で顕著ですが、これもその一つ。限定200セット。三枚組の薄っぺらいLPです。とりたてて買うほどの音源でもないと思ったけれどもさにあらず、2000年代にクリーガとマンザレクがドアーズの残滓を老身から絞り出すバンド「ライダース・オン・ザ・ストーム」の、通算四代目かな。
リードシンガーに、ついにデイブ・ブロックを迎えた時代の、おそらく唯一のアナログブート。このブロックという人物は80年代から「ワイルド・チャイルド」というコピーバンドで活動していたモリソン・イミテイターで、特に若い時分は何もかも瓜二つ。念願かなって、本家のメンバーと合流。しかしすべて代わり映
えのしないドアークラシック大会なのは、やむなし。ベースではあのフィル・チェンが健在ぶりを発揮。


5位
「ライブ 68.7.24/ジャックス」
80年代は15万くらいで取引されていました。当時はそれを買った親友から借りて、自分で数万円を出してアセテートのカウンターフィット盤二枚組を独自のボーナス入りで拵えたりしたものです。あの時僕も若かった。
ポスター付きの完品、状態も最高、内容は永遠。CDRでのプライベート盤も、以前外国で出たコピー盤ももってはいますけれども、やっぱり本物くらいないとね。日本のロックをはっぴいえんどから語り始める歴史観は、もういい加減に書き換え、ただす時期にはいっているのではないでしょうか。日本人が日本人のために最初に「ロック」を創り唄ったのは、このジャックスからと断言します。世界中の60年代後半のバンドと比較しても遜色のない、それどころか際立つほどの異様な個性。70年代初め頃に有志が集まり私家盤として数百枚だけ製作された、日本では極めて珍しいタイプのレコードです。


4位
「麻原彰晃の世界 ALL OVER SHOKO ASAHARA   COMPLEAT ALBUM 1 1987-1992」
四枚組の松本チズオのオリジナル集。滅多なことでは笑わない筆者も、これには笑い、あきれ果て、しまいに感心しましたね。いやーっ。どうかしている。99年にAUMが出した四枚組。チープなテクノ宅録にのせて歌う尊師のアリガタイ教義の数々。いったい何をもってこの人は、こういう音楽上の表現欲を抱いていたのか。マントラだか軽トラだか知らないが、人間の思い込み力の魔的なパワーだけは感じられる。ど下手な素人唱歌に妙にプログレ、ヒーリング、テクノを意識したアレンジの伴奏が曰く言い難い虚無的な心境にいざなうのだ。つまりこの音楽
は、アニメーションやマンガでのみ培われた今の日本の若者たちの、ヴァーチャルな世界をリアリティーと錯覚する様な間抜けで異常で薄っぺらな在り方に立脚しているのです。
インレイカードにはご丁寧に「無断でテープその他に録音することは法律で禁じられています」と書いてあるし、「エンマの数え歌」では「私はやってないー、潔白だー」と歌うし、ちゃんと大真面目にわが国の法体系の基準に則った堅物ぶりも発揮、これも大笑い、笑止千万。誰かツッコンでやれよ、信者。まあ、マンソンもソロ・アルバムで「違法なことはするな」と歌ったからいいか笑。国家転覆まで図ろうとした男が、ポアをしまくれどしどし殺せとも歌わず、日本国刑法には違反してませんからと歌で弁明する、この愚物ぶり。タイトルのスペル誤って表記しているし。だいたい何が「魔を祓う尊師の歌」だよ、もーっ。


3位
「TRUE ONE/NILSSON」
2位
「LOSST AND FOUND/NILSSON」
67年のファーストと、92年のラスト。ファン歴も長いし思い入れも強いし、このアーティストへの過小評価に辟易して幾星霜、遂に死の直前まで製作していた遺作が27年の封印を解かれてリリース。TRUE ONEの方は、67年の、あのビートル三人から絶賛の報を受けた伝説の名盤ファースト「パンディモニアム・シャドウ・ショウ」のプロモ盤と各種プロモキットがセットされた限定のボックスセット。幸いプロモ用ゴム風船も完備。このままの仕様でCD BOX化してください、外人の誰か。近年高まってきた再評価の動き、サイケデリック・ポップとしても超名盤と断言していいでしょう。そしていわくつきの遺作は、原題も、収録曲の変更もあったようですが、とにかくこれ以上リリースを待ち望んだアルバムはないといっていいのでは。内容はビートルファンならニヤリとするほどの相変わらずのハリー節が炸裂、オリジナルの曲の中にさりげなくビートルナンバーをちりばめる、あの得意技も健在。リンゴとの共通のパートナー、マーク・ハドソンがようやく完成にこぎつけたというところらしいです。五人目のビートルズは米国人だったと、音楽史はそろそろ結論を下しても良いほどの才能でした。

盟友レノンの死を契機に銃規制活動家として晩年を過ごしたニルソンも、50代での病死、いくらなんでも早過ぎたし、ザッパともども官憲に目をつけられていたのは必定、無念。


1位
「THE ARCHIVES/YURI MOROZOV」
旧ソビエトで人知れず、延々と自らの音楽を追及していたまさに鬼才、ユーリ・モロゾフの、世界限定五部、日本で編纂・製作された家宝モノの49枚組木製ボックスセット。そもそも14年、独シャドックス・レーベルがリリースしたアルバム「チェリー・ガーデン・オブ・ジミ・ヘンドリックス」を手にしたことが、この稀有のアーティストを聴く契機となりました。60年代末から2006年に他界するまで、この人物はほぼ一貫して自らの表現欲の赴くまま、時代の変遷とともに多種多様な音楽を創作しては自主製作音源を製作し続けました。前述のCDは、最もメ
ジャーな西側のそのスジのレーベルとして、改めて西側に紹介された作品でした。ソ連国営レーベル、メロディアのサウンド・エンジニアでもあった彼が、勿論公人ではなくプライベートなアーティストとして、ロシア語で歌うザラザラした手触りのアシッド・フォークや奇異な印象のオリジナルのなかに唐突に現れる渋い選曲によるビートルズ・カバー、ファズ炸裂のヘンドリクス信奉ぶりが顕著なハード・サイケデリア、パワー・トリオのロック・バンドがフリー・ジャズのマナーで交戦するインタープレイのスパークぶりなど、質・量ともに驚愕に値する偉業を極めて個人的な営為として成し遂げていたのです。
どう見ても同時代の欧米勢には醸し出せない、なんともいえない辺境テイスト。しかもツボはちゃんと押さえている聡明さ、ホーム・レコーディングながらエレクトロニクス・インプロヴィゼーション、実験音楽、電子音楽にまで行きつく表現欲と衝動。体制の束縛は当然の時代、彼の活動は秘密裏に、アンダーグラウンドで注意深く行われていたことは想像に難くありません。KGBにマークされていた彼も、さすがにペレストロイカ以降は創作活動が炸裂したそうですが。

本作はオープン・リールからカセット、レコード、CDと様々なフォーマットに散逸された音源をDU新宿プログレ館のY氏が、モロゾフ未亡人の協力のもとに、遺された音源のほぼすべてを、まさにモロゾフ本人の製作態度さながらに、私家盤の雰囲気も色濃く、極少数のボックスとして製作した、瞠目に値する労作です。今後、世界的な動きとしてこのアーティストへの再発見・再評価はますます顕著になると思うのですが。
楽曲のどれもが良く書けているかといえば、その点には疑問が残ります。とにかく作品群の量、多彩さが、筆者もまだ適切な評価を下し切れていない状態、ただ、ヘンドリクスとマッカートニーが彼のヒーローだったらしいことは確認できます。
無論、ストラビンスキーだのショスタコービッチなどの名前も当然踏まえた上の創作活動だったことでしょう。音響派といっても良い横顔も備わっていたようです。1960年代から2000年代初頭まで存在していた、フランク・ザッパに対する東側からの回答が、遅ればせながら遂に姿を現したといっていいのかもしれません。

なお、「もしも俺が金持ちならば」というアシッド・フォーク・ナンバーでは、サンプリングによるものとはいえ、ドラムスはサー・ジェームス・ポール・マッカートニー本人による演奏です。



ランキング不可・番外作

「アビイ・ロード/ザ・ビートルズ 50周年記念デラックスエディション」
音楽を好み、音楽に携わり関わる全人類の義務、たしなみ、常識、人間の証明。中にはちっともこの音楽に心を動かされない方々もおりましょう。そのうち、わかる日がきます。自分でも理由がわからないままビートルズで涙が流れる日が来るのです。「ビートルズってベイシティローラーズより凄いの?」と幼き日のジャイルズ・マーティンは父に。「大きくなったらわかる日が来るよ」と答えた父、ジョージ。長じてそのジャイルズが七光りとは全く無関係にこのアルバムのリ・プロデュースを手掛けているという、この歴史の必然。ポール、リンゴー両叔父の承認の下に、ここまでブラッシュ・アップさせたことへの感慨。どこまでも出来過ぎに続くビートルズの物語。
いちいち各曲に云々はありません。「スランバー」や「サムシング」など最初の10秒でパブロフの犬よろしく条件反射で落涙、しかもそれは50年近く聴き続けている楽曲で起きる現象なのです。もはやロック音楽の文脈では語り切れない話であります。


*2019  総括・補遺編
レスト・イン・ピース:萩原健一 スコット・ウォーカー、ポール・ウェーリー、山谷初男、マリー・ラフォレ
書籍:ビートルズ・サウンド 最後の真実/ジェフ・エメリック (復刻版)
映画:ナシ 
DVD:勅使河原宏の世界 
ライブ:ザ・レット・イット・ビー Oct.4th @ 市民会館 リンゴ・スター・アンド・ヒズ・オールスター・バンド Mer.29th @ 広島 上野学園ホール(なぜこの日の海賊盤だけが出ない?)



音楽は終わったが

第二回 『総括 2020』

 坂田明が「2020年は無かったことにしよう」と言ったそうですが気持ちだけでもそう思い続けたい、個人的な事情も鑑みてそのくらい厭な一年でありました。小学生の時分「ウルトラQ」の「2020年の挑戦」を見た時のインパクトは相当なものがありましたがまさかあのケムール人の真姿がウイルス持ちのシナ人だったとは。
そんな印象に呼応するかのように、実に収穫に乏しい一年でした。
遮二無二絞り出したのが下記のランキングです。


10位
「The Soft Parade/The Doors」  (日本盤初版のカバー帯の海賊版)
1969年に日本ビクターはWorld New Rock Series として当時の洋楽アルバム9タイトルにアルバムジャケットの全面を覆う画期的な「帯」というのか「カバー」を被せて発売、ジェスロ・タル、ザッパ・アンド・マザーズ、MC5などとともにドアーズの四作目も。いずれも今ではプレミア価格となっており、なかでもマザーズなどの状態の良いものであれば6桁はいくでしょう。
2020年の私の選んだ10位は、音楽ではなく、ドアーズのアルバムの、この「カバー帯」を何故かチェコ人が精巧なレプリカとしていくつも作った、つまり「帯」の海賊版です。
ガイジンも既に日本盤とは帯がついてこその価値という概念を知って久しく、こういうアザトイ商売をはじめやがったわけですね。その出来は、オリジナルと若干の色合いの差異は感じるもののほぼ完ぺきに再現したカウンターフィット。当然、オリジナルの方は何枚か所有しているけれど、帯ナシのがあったために、写真はこの海賊版を入手して当てはめたもの。世界のマニアが同じことをしているのであった。それにしても、海賊版に「帯」が出回る時代とは・・・。


9位
「ソリッド・センターの3タイトル」
続いても趣味というよりもはや義務感で入手したようなシングル盤三枚。70年代から所有している3タイトルは、通常「プッシュアウト・センター」のついた形状でリリースされたはず。ドアーズのみならず、当時の日本ビクター盤はほぼこれで統一されていたのではと思えるほど多いのです。
ところが2020年、それまで少なくとも40年は見たこともなかった、コンパクト盤同様の「ソリッド・センター」の盤を発見。短い時間でしたが驚愕しました。センターホールのある部分が手裏剣のような形状で、プロングと呼ばれる脚で本体に三か所でつながっており、ジューク・ボックスなどで使用する際にはその部分を文字通り押して取り去り、所謂通常のドーナツ盤化させるわけですが、初めからドーナツ盤としてリリースされたドアーズのシングルは「ビクター音楽産業」と改称した72年以降のラスト一枚のみ。他にはRCA、フィリップス、CBSソニーがこの「プッシュアウト・センター」をシングルに採用していました。ところが、この形状でもなく、ドーナツ盤でもない、単なるソリッド・センター型のシングルが三枚発見できたのです、なぜ何十年もの間、見かけなかったのか、なぜ2020年になって三枚も一度に入手できたのか。こういうことが起きるのでレコードの世界は深い。
シングル盤の増産が間に合わず、他社にプレス製造依頼をした証拠なので、珍重されることもあると いうのですが、確かに日本での大ヒット「ハローアイラブユー」と「タッチミー」だからその点は納得できる、が、その次の「テルオールザピープル」まで見つかった。ここが解せないのです。全くヒットしなかったのですから。「タッチミー」の勢いを信じて、先手を打って増産していたのか? いずれにせよ、単なる「シングル盤の形状」の話で、中身の音楽とは帯同様なんの関係もありません。


8位
「HARUMI/HARUMI」
中国地方出身との推察もある安藤家は1950年代末に米国へ移住、息子の春海がいきなり二枚組のデビューアルバムをジャズの名門「ヴァーヴ・フォアキャスト」から1968年に発表。
しかもプロデューサーはモンク、コルトレーン、サン・ラ、ボブ、S&G、ベルベット、そしてザッパなどを手掛けた伝説の黒人プロデューサー、トム・ウィルソン。一体、なんのことだと思われるでしょう。それほど、わけのわからない日本人のシンガーが、九坂本に続く二人目が、日本人としてひっそりと、日本にはまったく知られることもなく60年代に米国でレコードを出していたのです。60年代サイケデリック・ロック・ファンには昔から有名なカルト・アルバムで、ここに選んだのは米国オリジナル盤ではなく、別デザインのジャケットに包まれた西ドイツリリースのもの。本来は二枚組だったものを、このドイツ盤はディスク1のみの一枚物として出されています。他にはカナダでも本作は出たのですが、本人も、そして家族もテッキリ出るであろうと思っていた日本盤は存在しません。なんといってもディスク2の片面全部を使った長尺の、たぶん世界のサイケ史上トップ・クラスにはいるであろう奇曲「サムライ・メモリーズ」が圧倒的に素晴らしい。
20分近く、ラッパの煩いファンキーでアップテンポなインストをバックに、ハルミ本人ではなく、父母と久子姉さんの三人が、ハルミの事を家族会議で延々としゃべり続けるだけなのです。当然日本語で。そのタイトルが「侍の記憶」ときた。まいる。日本語のヤリトリ、その響き、語感そのものがもうサイケデリックだということなんでしょう。笑い。他は全曲、ハルミ本人の英語のオリジナル楽曲ですが。
しかしこの西ドイツ盤、肝心のそれを収録していない。いないが、米オリジナルより遥かにレアでしかも良いデザインのジャケット、部屋に飾る目的で購入。内容は90年代から愛聴していたものなので、これも「音楽」が選出理由ではなく「レコード」自体が収穫だったというだけの話です。

harumi

7位
「Dallas Texas ,December 11. 1970 early and late show/The Doors」
2016年の2月19日に、或る米国人の初老と思しき男性が突如ユーチューブで発表したカセット・テープ音源に、全世界のドアーズ・マニアが驚倒しました。彼が実際に会場で録音したというそれには、それまで40年以上もブートレッグやライブ・テープを探し求めて入手してきたアタクシも、そのタイトルすらきいたことのない完璧な未発表曲が収録されていたのです。それまでのありとあらゆる資料本にも、メンバーの自伝にも記載・記述のない、存在する噂すら聞いたことのない曲をいきなり耳にした衝撃を、マニアの方なら御想像いただけるはず。モーリスンのラストから二番目のライブ、最末期に披露されたその「パレス・イン・ザ・キャニオン」は紛れもないドアーズ節、歌詞もチェックすると未発表のままの詩が書かれた晩年のノートにある作品と一致するのです。これには心底まいりました。しかし昨今の若い諸君と違い、ネットで発表されたとて全く、一切、完全に、「聴いた」ことにならないのです、古い世代のコレクターにとっては。
フィジカル化をしろと、さっさと外人の誰かと、こんな大発見を、ブートレッグにするやつはもういないのかーっと思いながら四年目、欧州人の誰かが漸くCDとして出したわけでした。30歳若ければこういう発見には欣喜雀躍していたことでしょうが、そうでもなくなる世代に突入してからの出会いなのが残念。
この新しく発見されたテープでは、今まで完全な「幻」としてしか語られていなかった「嵐を越えて」のライヴ・ヴァージョンも収録されています。これも快挙。但し、ピッチも変で、途中でカットの不完全版、しかもシンガーはもうすでにプロとしてのマナーもモチベーションも完全に喪失・放棄しているので故意にはずした音程で歌っていたりしています。それもまた半世紀前のロックの貴重な資料でありますが。


6位
「End of the Game/Peter Green」
惜しくも鬼籍に入ってしまった英国のギタリスト、グリーンが最初に出したソロのアニバーサリー・リイシュー。
全曲インストルメンタルであるという理由ひとつで実に長きにわたり看過してきたアルバムですが、中野でサイケ・レコード店を営んでいた知人がかつて「サイケデリック・ロック」として非常に良いアルバムと評していたのを思い出して聴いてみると、確かにインスト・サイケモノとしてはなんとも雰囲気と趣のある、聴きながら雨に色がついて見えるものでも摂取したいと思わざるを得ないような、そんな一枚でした。本来、歌無しの楽曲は苦手ですが、このギターだけに歌わせたアルバムは私にとっては稀有な例外となりました。


5位
「Psyche oh! a go go/Various Artists」
1964-74までのマレイシアとシンガポールでリリースされたポップ・ミュージックの珍しいレコードをカラー写真で紹介したハードカバーの限定本。文章は英語。当然、ビート、ガレージ、サイケデリックのオンパレードです。
問題は、付録のCD。これが文句なく素晴らしい。全22曲のオムニバス。今まで、あちら方面のも色々と聴いて来たつもりですが、選曲者のセンス、視点が違うとこうもイイものかと驚くほどの充実。ここでいちいちどんな音楽かを婁述したとてせんないことですが、向こうにもホネのあるガレージ・サイケってこんなにいたのかと、しかも日本人より英語の歌は巧いしさ。我が国のジーエスのほうが圧倒的に親しみや良さは感じるのであるが、それでもたいしたもんだなと感心さすのに十分な内容でした。


4位
「Dark Rose/Pax」
ペルーのバンドにも色々といいのがおりますが、20年以上前から眼にしていながら手を出さずにいたPAX,一枚しか出していないアルバムとほぼ同じジャケットなのに内容が別のやつを見つけて買ったところこれが当たりました。元ロスシェインズのリーダー、エンリケが、よりハードロック路線を追求するために結成。唯一のアルバムは1970年。これはそこに収録されていない、それよりやや後年のカバー曲が出色の出来。スモーク・オン・ザ・ウォーターは定番としてもスビリットのミスター・スキン、そして何より私の生涯のフェイバリットであるゴールデン・イアリングの、日本人以外はみんな知っている大ヒット、レーダー・ラブのカバーが嬉しい。本家よりはコンパクトにまとめていながら、そのセンスと完成度はたいしたものです。同時期にこんなバンドはわが国にはいなかったど。もっと早く知り、聴くべきだった。


3位
「Uncovered/Steve Harley」
コックニー・レベルがどれだけ素晴らしい独創性をもった名バンドだったかを世界が忘れ去って久しい。たった一曲「悲しみのセバスチャン」をもってしても、凡百のブリティッシュ・ロック・バンドをはるかに凌駕する内実は備わっていたのですが、時期が悪かった。キッチュで通俗的な「グラム・ロック」のひとつとしか認識されなかったといっていいでしょう。
わずか二枚を出した時点でメンバーの三人が脱退、その後も「スティーヴ・ハーリーとコックニー・レベル」として健闘するも、いつのまにかロック史の深淵に沈んでいった感強し。ハーリーはその後もソロで、時にはビートルズ・ヒストリアンとして活動。2019年だったか、その前あたりか忘れたが初の来日公演も予定されたものの、知る人ぞ知る悪名高き招聘元のいつもどおりの結末として当然中止、払い戻しも渋りひと悶着。そんなハーリーの現時点での最新ソロ。2020年発表。
正直にいえばあまり期待していなかったが、四人編成のアコースティック・バンドを率いて全11曲。奇を衒うことなく、直球のアレンジで聴かせる演奏は、大半はカバー曲でありながら「アンカヴァード」と謳う自信に満ちたプロの仕事。録音には余計なEQ処理などせず、あくまでオーガニックな音のままで仕上げたそうです。キャット・スティーブンスにディラン、ボウイ、トラディショナルにストーンズ・ナンバー、ビートルからは「夢の人」そして、ホット・チョコレートの「嘆きのエマ」これが白眉。なんとしてもライブを見たい、数少ない現役ミュージシャンの一人だが・・・・。


2位
「ジミー・ペイジの初期仕事 1963-67 フリーク・ビート・イヤーズ」
全42曲の二枚組。タイトル通りの内容。マインド・ベンダース、ダウンライナーズ・セクト、ミッキー・フィン、ジョー・コッカー、ロード・サッチ、ルル、ロッド・スチュアート、ニコ、サヴォイ・ブラウン、ジョニー・アリディーなどの60年代の録音にセッション・マンとして参加していた若きペイジ、その楽曲を集めた好企画。調べると、他にも沢山のセッション参加楽曲があり、これはほんの一部にすぎないようです。ペイジという人物への本格的な再認識は2020年に始めたばかりなので、(しかしLZに踏み込むつもりは無し)大変興味深く拝聴いたしました。とても面白い。その面白さというのは、ペイジ研究者にはいささか失礼ながら、氏の演奏云々ではなく、60年代英国の、ビートル/ストーン史観とは別の文脈を垣間見るような豊饒なミュージック・シーンにたいする興味です。拾い物の佳曲多し。全く未知・未聴だったバンドの意外な良さ。シェル・ネイラーのデイヴ・ディビーズ作「ワン・ファイン・デイ」なんて素晴らしい発見もありました。
若き日のジョーやロッドも聴けるし。ああ、こんなことならばあのとき、お茶の水ディスクユニオンで左となりに立ってレコードを探していた白髪の出門英みたいな顔したペイジ先生に一筆お願いしておいたほうがよかったかもしれない。


1位
「Far east! Far out!/Various Artists」
これはジーエス・ファン必携・必聴の労作。六枚組のボックス・セットで150曲以上を収録、コンセプトは1964年から1971年までの香港、シンガポール、そして日本のワイルド・ガレージ・パンク、エキゾチック・ビート、サイケデリアの集成。
英国製作と思われ、外人向けに広く極東の60年代ロックを紹介する意図で編まれたものでしょう。一枚、一枚が当時のシングルやLPそのままのデザインで縮小された紙ジャッケットに入っており、そのうちの二つが、クーガーズのテクテク天国とジャックスのタクト・オリジナルの方のマリアンヌなんだから、泣かせる。箱の裏にはオックスの写真とともに、「君の耳目をオープンにするまでは、「なんだこの変なのは!」と思うでしょう」みたいなことが書かれており、そんなの、当の日本人でもいまだに思ってますからね。笑。ただ、数多のジーエス・コンピレイションを聴いて来たが、これだけどうしてこんなに面白いのか。トータルな面白さ、楽しさは群を抜いています。テディーロビンとプレイボーイズだとか、ストレイドッグスだとか、日本以外でもそこそこ有名で人気のあるバンドも収録されているのですが、とにかくジーエスが始まると、その熱量とエネルギーが違うんだ、圧倒的に。流石ガラパゴス民族のアサッテの思い込みパワーは違う。選曲のセンスが一風変わっており、その点が大いにユニークで楽しめます。例えば、PYGははいっていないがヘルプフル・ソウルが入っていたり、オックスはボックスの裏に写真があるも収録されていない、そのかわりガリバーズやスウィング・ウェストが入ってたり、ジャックスが3曲も入っていたり、ダイナマイツはないがモップスが何曲か、テンプターズははいっていてもタイガースが入っていない。
この歪さがとてもいいですね。著作権の関係で収録できなかったバンドが、などという言い訳など聞く耳は持たん、所詮100%無許可のブートレッグに違いないのだから。だからこそ、セレクトの妙味が出てくる。ということですね。最後のディスクの最後の一曲が、CD化すら進まぬシンガポールの名バンド、オクトーバー・チェリーズ、しかもゲット・バックのバクリナル。 

追記

 そして、本音を言えば2020年最もエキサイティングかつ圧倒的なすばらしさに驚愕したのは、上記10点など遥かに凌駕する、ユーチューブに発表されたこの動画に尽きるのです。

theBeatles getback